ふぐ政 富田林店 女将 小林加代子さん no.204
本場長崎の新鮮なふぐを使いつつ、お手頃な価格設定で提供
近鉄「富田林」駅から北東へ3分ほど歩くと、「ふぐ政」という看板が見えてくる。お店の玄関前には大きな生け簀。覗き込むと、そこにはなんとも生きのいいふぐが泳いでいた。
「こんにちは。今日も暑いですね」と優しい笑顔出迎えてくれたのは、ここ「ふぐ政 富田林店」の女将、小林加代子さん。柔らかな表情とおっとりとした話し方がこちらの気持ちをすぐに和ませてくれる。
「ふぐ政」は言わずとしれたふぐ料理の専門店。この富田林店は45年以上の歴史をもち、舌の肥えた地域の人を唸らせてきた。「ふぐ料理といえば高級料亭で味わうものというイメージがあるかもしれませんが、ふぐ政では本場長崎のふぐを使いながらも可能な限り価格を抑えて、より気軽に召し上がっていただきたいと思っています」と小林さんが言うように、他店では1万円を超えるであろう内容のてっちり・てっさ・ふぐ唐揚げを含んだ全5品の「ふぐ政コース」がなんと4430円、「ふぐ政コース」に鍋皮、焼き白子、たたきサラダを含んだ全9品の「フルコース」が7340円。「特別な日」「大切な会食」での利用はもちろん、「ちょっと美味しいものを食べたい」という日にも手が届くというのがうれしい。さらに、お昼の「てっちりミニコース」は3070円でてっさとてっちりが味わえるなど、ふぐ料理を身近な存在にしてくれている。
今、その笑顔と朗らかなキャラクターで店内を明るく盛り上げている小林さんだが、じつは「ふぐ政」との縁は、子ども時代にまで遡るという。「私の実家がこの近所で、子どもの頃から週に何度か家族と来ていたんです」。その頃、ふぐ政の調理場で包丁を握っていたのは先代の大将だ。そして、いつしか大学生になった小林さんは、アルバイト先としてこのふぐ政で働かせてもらうことになる。「心配性の父でしたが、家から近くてなおかつ昔からよく知っているこのお店なら安心だろうということで、生まれて初めてアルバイトをさせてもらったのがふぐ政だったんです。世間知らずだった私にとって、とても貴重な社会経験となりました」
そして、親同士が懇意だったということもあり、小林さんは若くして現大将と結婚。以降、ふぐ政を内側から支え続けてきた。
子育てに専念していたが、子どもたちが大学生になる頃合いを見て仕事に完全復帰することを望んだのが約2年前のこと。「仕事に復帰したい、社会と接点をもちたいと渇望していましたし、常連のお客さまはもちろん新しいお客さまにもお越しいただける店にしなくてはという気持ちが大きくなってきたんです」
多彩で上質なおかずを堪能できる、女性目線の千円ランチが大ヒット
小林さんがまず取り組んだのが、女性目線でのランチの改革だ。「フグ料理にあまり親しみのない若い方が増えましたが、それは高級な料理というイメージが強いというのも一つの要因。また、暑いのに鍋なんて……と感じていらっしゃる方も多いかもしれません。でも、フグにはいろいろな調理法があり、鍋でなくても楽しんでいただけるんです。まずは敷居を下げて気軽に召し上がっていただきたいということと、ふぐ政では鍋だけでなはく多様なお料理をお出ししているということを知っていただきたくて、1080円からのランチをスタートさせました」
これまでふぐ政に来たことのない人にも、ぜひ足を運んでほしい——。そんな思いからのアイデアだったが、当初は周囲からも疑問視されたという。「夫にも反対されました。なので、自宅そばの倉庫にこもって、DIYで看板を作ったりして本気なんだという姿勢を見せました(笑)。徐々に私の熱意を理解してくれて、やっとOKが出た時は嬉しかったですね」
夜の仕込みに忙しいスタッフの負担を増やすまいと、ランチタイムは小林さんができるだけ動くようにした。メニューは女性のお客さんを想定して、薄くヘルシーな味付けが基本に、少しずつたくさんの料理をお膳に。その「日替わり四季ランチ」が大当たりとなり、お昼間の店内には、女性や若い人などこれまでふぐ政になかなか来なかった層のお客さんでにぎわうようになった。
「たくさんの方にお越しいただけて本当に嬉しいです。ランチはほぼ利益のない営業なのですが、多くの方にフグに関心を持っていただける機会になっていることがとてもありがたくて」
日替わり四季ランチに加え、ふぐ丼膳やふぐカツ膳も1080円という破格の値段。「とはいえ、すべてこだわった食材を使っていますし、フグもさばくところから全部店内での調理なんですよ」と小林さんは胸を張る。
そして、小林さん自身にとっても「初めて本気で取り組んだ」というこのランチ事業が、多くの人の来店につながったことが大きな自信になった。夜の営業時間では、これまでお客さんと話をすることに苦手意識を持っていたというが、ランチタイムの営業で同世代の女性の来店が増え、話す機会も増え、やがてそのコミュニケーションが楽しくて仕方ないと感じるようになった。
「今ではお客さまとの触れ合いが日々の心のハリとなって、元気をいただいています。また、畑の野菜を提供してくださったり、新鮮でよい魚が手に入るからと泉南の漁港へ連れていってくださったり、いろいろな方が助けてくださることにも感謝の気持ちでいっぱいなんです」
今、仕事をする喜びを大きく感じることが増えたという。「お客さんが笑って楽しそうにお食事をされている様子を見ることが、大きな喜びですね。最初は表情の固かったかたも、何度かお話をするうちに弾ける笑顔になってくださる。そういう時は、やった!と心の中でガッツポーズするんです(笑)」
海外からお越しの方で日本語が不慣れな方、耳が不自由な方等々と意思疎通を図るときに趣味で続けていた手話サークルで学んだことが大いに役立ったと話す。「つたない手話ですが、ボディランゲージと表情を交えながらコミュニケーションを取り、スムーズにお食事を楽しんでいただくことができました。次の目標は、車椅子のお客さまでも気兼ねなくお越しいただけるよう、お手洗いをバリアフリーにリフォームすることです。どなたにとっても居心地のいい空間を、少しずつかたちにしていくことが私のこれからの目標なんです」
(取材・文 松岡理絵)
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